JAZZ & Music

2016年09月07日

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8

池袋のライブハウスでギターのDuo Liveを聴く。 
雑居ビル地下の実に狭い空間(15人ほどでほぼ満席)

だが、ギター2本の音の粒だちやら、Duoでのやりとりを
聴くにはこの距離感が程良く、なかなか気持ちがよろしい!

プレイヤーは山口友生(G)、布川俊樹(G) 
 7
 
2ステージ12〜3 曲 聴けてミュージックチャージ\2,000は安い!
何時も思うのだが音楽家続けて行くのも大変そうだ、
ま、実はカメラも同じだけどね〜
(あ、いえ儲かってる人は勿論おりますよ、はい)

今日見たもの:ジャズギターDuo★★★
 



(23:30)

2012年01月22日

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この週末、久しぶりに雨が降った。
潤いを与えるはずの恵みの雨は、雪まじりとなり、さらに悲しみの雨、いわゆる涙雨になってしまった。
数日前、旧知のモデル事務所の女性マネージャーの訃報に接していた。
冷たい雨の土曜日、多くの弔問客にまじって彼女の遺影と対面した。

翌日の今日は、レコードとCDを聴きビデオ映像を観て過ごした。
’85〜6年頃のスティングの音楽である。
早いものでもう25年、四半世紀が経過している。

あの頃、まだアシスタントだった僕は、独立を考えながらも不安な日々を送っていた。
同じ頃、立ち上がったばかりのモデル事務所があった。
代表と二人の女性マネージャーで始めた会社もやはり、先行きの不安があっただろう。
そんなハードタイムに僕たちは出会ったのだ。
亡くなったしたのは、その二人のマネージャーのうちの一人だ。
彼女はスティングが好きだった。


stingブルー・タートルの夢
The dream of the blue turtles
1985年 LPレコード
ナッシング・ライク・ザ・サン/NOTHING LIKE THE SUN
1987年  CD
なか一作('86)を挟んでメディアがLPからCD へと変わっている。
86年はCD とLPレコードの売り上げ数が逆転した年だ



1986年6月、道玄坂渋谷ジョイシネマのレイトショーでモデル事務所の代表、二人のマネージャーと僕の4人は席を並べて、スティングの映画
Sting / Bring on the Night を観た。
ドキュメンタリーとしても素晴らしい音楽映画だった。
その3ヶ月後、僕は独立しフリーランスになった。

その後彼らの会社は、質の高いモデルを提供する事務所として成功し今日に至っている。
僕はモデル事務所との縁が薄くなり、連絡を取り合うこともなくなってしまった。25年前、それぞれの人生が一瞬交差し、その後はまた別々の
25年を生きたと云ってもいいだろう。

彼女は病を発症後、半年で逝ってしまったという。
死期を悟ったとき、自分の葬儀に来てくれるであろう友人知人に向けて、自筆のメッセージを残していた。たくさんの思い出の写真とともに。
なかでもスティングと並んで撮った一枚がひときわ輝いていた、
そして「やっぱりスティング最高!」と結んでいた。ずっとファンであり続けたのだ。

20年以上も会わなかったが、時々に思い出していたのは、やはりスティングの音楽でつながっていたからかもしれない。幸せな後半生だったと信じたい。
とにかく、「ずっと会いに行かなくてごめんなさい、これからはスティングを聞くたびにあなたのことを思い出します」、と写真の彼女に手を合わせた。
スティングは今もなお、輝き続けている。
長かったようで、本当に一瞬のような四半世紀だった。
心からご冥福を祈ります。


sting2 1
ブルー・タートルの夢 / スティング 
Bring on the Night  DVD
1985年制作(日本公開1986年)
ユニバーサル
公開当時は、前作の「ブルー・タートルの夢」がそのまま邦題になっていた。
派手さのない手法ながら、スティングがいう「バンド誕生の記録」を刻んでいる。
今観ても少しも古さを感じさせない、ロック・ドキュメンタリーの傑作である。 

(23:52)

2011年11月29日

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朝一番にメールソフトを立ち上げて、
いつものように、あまり役にも立たない「お知らせ」や各種の営業メールをまとめて削除しようとして、ふと手を止めた。
ふだん滅多に当たりのないYahoo!からのオークションアラート
何年か前に登録したことさえ忘れていた音楽CDが出品されたとのこと!
価格は1,000円で開始(即決1,500円)となっていて、出品後2時間ほど。
こういう場合、絶対に躊躇してはいけない!・ということを散々経験してきたので即クリック!即決価格で落札しました、ヤッタァ!
嬉しい知らせでした。
・・という、たかがCD一枚、人様にはどうでもいいようなことです
以下は興味のある方のみお進み下さい・・・
yahoo

落札したのは、1990年にBMGビクターから出た、ブルーバード栄光の遺産シリーズ(全38タイトル、CD50枚)のなかの一枚で「トミー・ドーシーとクランベイクセブン」
当時(いまも!)全タイトル一括、大人買いなど出来ず、ほそぼそと買い集めているうちに、あっさり廃盤となり、あとは中古ショップやオークションで探すはめに・・・
中でもこの一枚、もう10年くらい探していたもの。
シリーズの内容はというと、日本ではあまり人気のない、アーリージャズと呼ばれる初期のジャズからスイングまで(1917年〜1940年頃)
日本の自称(モダン)ジャズファンには、ほとんど相手にされてないジャンルです、ま、古典といっていいかな。
でもローマも、全ての芸術も一日にして成るものはなく、たまには故きを温ねてみましょうよ・・ってところです、はい。
目指せコンプリート!(あと5枚・・)
buluebird




(16:50)

2011年05月13日

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rose4

5月はバラの季節。
毎年いまごろ、バラの咲く庭やバラの栽培に魅了された人々を取材、撮影する機会に恵まれます。
聞けばバラ造りは、原種に色々改良を加えながら数多くの品種を生み出し、オールドからモダンローズへ・・なんていう話についついJAZZの歴史を重ねてしまいます。
バラの種類には疎くて、相槌さえ上手に打てないのですが、JAZZの方なら無駄口のひとつも叩けるかも・・・・・・・

ということで、
今日は僕のとっておきのローズを紹介いたしましょう。

その名はローズ・マーフィー Rose Murphy(生年不詳〜1989年没)
ピアニスト=シンガー。百花繚乱の女性ヴォーカルのなかでも、ひときわ異彩を放つ褐色の薔薇です。一言で云うならベイビーヴォイス。足を踏み鳴らしながらピアノを弾き、囁くように歌い、可愛らしくユニークなスキャッティング。その個性を超えた突然変異種的ヴォーカルとスインギーなピアノプレイを一度は聴いてみて下さい。

数少ないレコーディングからまずは代表作を
rose1
Not Cha-Cha, but Chi-Chi

Verve/ポリドール/1957年
'93年の再発のLPレコード
'98年にはCDで発売になるも現在廃盤


この国内盤のジャケット帯の宣伝文句を引いておくと
「チー・チー・ガールで一世を風靡したローズの代表作!! その特異な弾き語りはブロッサム・ディアリーの黒人版である。・・これぞ面白ヴォーカルの決定版!!」
・・・となんだかイロモノ扱いが気になりますが・・・・
ブロッサム・ディアリーもやはりベイビーヴォイスの白人女性シンガー=ピアニスト。いやぁ、ローズを聴いた後では、ブロッサムが普通の人に思えてきますよ。

さらに二枚のレコードを
rose2

I Can't Give You Anything But Love(右)
DECCA/ビクター
1950年代のデッカ録音全14曲を集めた日本編集盤'82年発売
帯のコピー・・
「ミルクを飲んだ子猫チャン(!?)のようなキュートな声とスインギーなピアノが評判の楽しき歌姫ローズー・マーフィーの超貴重盤!」 となってます。シリーズ「おもしろ音楽大集合」の一枚。

JAZZ,JOY and HAPPINESS (左)
フューチャリング・スラムスチュアート
1962年 United Artists / キングレコード
そうです、ベースとハモりながらスキャットするあのスラム・スチュアートと組んだ人気盤。イロモノ芸のダブルパンチって、もう認めるしかありませんね!

と、いくら文字を並べられても分かりませんよね。
で、YouTubeに動くローズ・マーフィがアップされてましたのでリンクします。
(ちょっと音声にズレがありますが、なかなか貴重な映像かと思います。
決して音声トラブルじゃありません、これが彼女の地声なんですよ!



こんな感じなんです、サイコーでしょ!お気に召しましたか?
コメントお待ちしております、どうぞよろしく。

そこのモダンジャズマニア君たち、いかが?・・お好みじゃぁない!?
まぁ、そうでしょうネ。失礼致しました。
どうぞ、キース・ジャレットの一人よがり声でもお聞きになっいて下さいネ。

じゃぁ また




















(21:33)

2011年04月30日

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私は几帳面で律儀な人間だ(と自分では思っている)
義理堅く物事の基本と順序を重んじている(つもりだ)
そんな私が物を蒐集するとなるといろいろ苦労がつきまとう。

まず、いろはの「い」から、アルファベットならabcの「a」からきちんと揃えることになる。余談だが英単語を憶えるときには「赤尾の豆単」(古っ!)の最初のabandonから始める。そしてすぐに文字通りabandon(諦める)ことになる。

そんなことはどうでも良い、LPレコードの話だ。ジャンルは「JAZZ」
世がCDの時代からさらにネット配信へと移り変わっても、今もこそこそと中古レコード店に通っている (・・こそこそする必要はないが偉そうにも出来ない)

先日ついに30年も探していた盤を発見して驚喜した。
断っておくが私はガチガチのモダンジャズマニアではない(全てのポピュラーミュージックやクラシックのファン、気が向けば演歌でもOK)
ましてオリジナル盤に大枚はたくなどとは無縁のしょぼ〜いコレクター
(もどき)だ。

ただし、順番にはうるさい。20代に影響を受けたジャズ評論の大和明
「ジャズ歴史と名盤」を蒐集方針の拠り所としている。その冒頭、基本的レコード・ライブラリー(いいね!)の最初の一枚がこの「ジャズ・オデッセイ Vol.1/ザ・サウンド・オブ・ニューオリンズ」だったのだ。
(義理堅く順序を重んじると云ったでしょ)
odessay・・・・・・・・・・
Jazz odyssey Vol.1
THE SOUND OF NEW ORLERNS1917-1947

(CLUMBIA:JC3L30)
史上初のジャズレコーディング,1917年(シカゴ)ODJBの2曲はじめ20年代のニューオリンズ録音,サム・モーガン8曲など貴重な音源多数の3枚組。正にいろはの「い」である。
・・・・・・・・・・

輸入盤で廃盤のためなかなか出会えないまま30年が経過してしまった。
収録曲はすべて、いやそれ以上にCDで買い集めたにもかかわらず、この3枚組のレコードが手元にないためにずっと,いろはの「い」が抜けてるようで落ち着きが悪かったのだ。

日本じゃ冷遇されるアーリージャズ、しかも寄せ集めのオムニバス盤。
数万円もするモダンのオリジナル盤を偉そうに並べている店だが、500円
(税込み)という舐めきった価格設定に内心Vサインの連発だVVV!
(この店はトラッドやスイング特にフュージョンには冷淡、ゴミ扱い、
300円程度で私にとっての名盤を拾えるのだVVV!)
ワンコインで長年の念願が叶いなんだか拍子抜けだが、遠方より友来たりあるまた楽しからずや・・か?

いろはの「い」を手に入れ、目指す最後の「ん」(いろはの最後は「ん」じゃないが・・)まで中古レコード店通いが続くこととなる。

かくて律儀で几帳面で義理堅く基本と順序を重んじるコレクターの苦難の日々が続くことになる。

分かるかなぁ〜分かんねぇだろ〜なYeh~! (古っ!)

じゃぁ また

PS: その後、このボックスは再発盤でオリジナルには豪華詳細なブックレットが付いていたそうだ!オリジナルには拘らないと云ったものの、それも見てみたいというのが、人情ってもんですぜ。





(00:27)

2011年01月30日

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アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ
1955〜1990
nightintunisiaA Night in TUNISIA
〜Vik:1957年4月2,8日
「チュニジアの夜」の作曲はディジー・ガレスピー。
メッセンジャーズの重要なレパートリーとなる
国内では'74年にビクター
よりRCA Jazz Spirit 1,300円シリーズとして発売。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ジャズという種類の音楽を聴き始めて早々、「チュニジアの夜」(A Night in Tunisia) というちょっとエキゾチックな響きの曲名と、演奏していたアート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズというバンド名に惹きつけられた。
タイトルとバンド名に妙にくすぐられたのだ。
早速レコード店でブレイキーの棚を漁ってみると「チュニジアの夜」というアルバムがすぐに見付かり、メッセンジャーズコレクションの最初の一枚となった。定番中の定番「モーニン」Moanin'より先だった。
続けて同時期の同じメンバーによるアルバムも順次手に入れながら、少しずつ耳、いゃ体を慣らしていくというジャズ入門コースをたどった。
JM1957

(1956年末から1957年秋までの一年間にメッセンジャーズ名義の録音が8レーベルに10枚ほどある。)

しかし!である。
このビクター版「チュニジアの夜」の日本語ライナーを読んでみると
「・・この時期のメッセンジャーズは「暗黒時代」と呼ばれる低迷期にあった」となっているではないか! 
ア・ン・コ・ク・・ジダイ〜!!
当時これらの国内盤はほぼ全て廉価シリーズで売り出されていて、購入しやすかったのも事実。
「さてはまがい物の投げ売り、ババ引かされた〜」・・と落胆して見捨てたかというと、実はそうでもなく、繰り返し聞き込んだ。
ひな鳥が卵からかえって最初に見たものを親だと思い込む刷り込み現象、本能行動のようなものだろうか、今でも好きで結構聴いている。

では「暗黒時代」なんて一体誰が何を根拠に云ったのか・・というと
云った(書いた)のは、今は亡き油井正一その人。
ビクター盤のライナーが動かぬ証拠。
またメンバーが若手中心で決定的スター不在、録音先レーベルも次々に変わり落ち着いた演奏活動が出来なかったなどというのがその理由なのだが・・・・
今でも油井さんのファンである。それでもレコードを聴く限り「暗黒時代」はちょいと言い過ぎじゃないの?‥と思う。
大物批評家も筆が滑ったか、それとも案外、確信犯的な煽りだったかもしれない。確かに行間からは支持するニュアンスが滲み出ている。
・・・いずれにせよもう時効ということだ。

ジャズ界の名門バンドであり、幾多のスタープレイヤーを輩出し続けたメッセンジャーズ。
その35年の歴史には好不調の波、山も谷もあって当然だろう。
今では、油井さんの呪縛も解かれ、ジャッキー・マクリーン、ビル・ハードマン、ジョニー・グリフィンのいたこの時期の録音も、典型的ハードバップの名演奏と再評価されているのが嬉しい。

ホレス・シルバーのいた初期、58年「モーニン」のファンキー時代、ショーターほか3管編成時代、など絶頂期のものついて今更あれこれ言うのは止しておこう。
ジャズの聴き始め、右も左も分からなかった若造には、安くてありがたかった「暗黒時代もの」、ジャズにまつわる個人的原風景にも似た1957年のアート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズの録音こそ、谷間に咲いた百合のように、今も心に残る傑作ばかりだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
nit
A NIGHT IN TUNISIA
〜BLUE NOTE
1960年8月14日
メッセンジャーズの「チュニジアの夜」なら、モーガン、ショーター、ティモンズのこちら
ブルーノート盤が本命か。

ほかにも「クラブ・サンジェルマン」など対抗には事欠かない。
ならば暗黒呼ばわりだったビクター盤は大穴、万馬券ですな!
ちなみに、アート・ブレイキーは、競馬が好きだったらしい・・・・
(アート・ブレイキーに競馬が好きかと訊ねたら〜武市好古1992年てな本もありました)参考まで・・

じゃぁ また


(16:26)

2010年08月29日

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ボブ・ディラン 2

ディランに付いてもう一項を追加してみたい。
(前回の)Playback3で「結局よく分からない・・」と結論したにもかかわらず・・である。誰も読まない隠れブログ故、勝手にやらせて頂く。

「転がる石のように」などというタイトルに16~7歳の少年(僕=餓鬼)は随分とドキドキさせられたものだ。曲の方は自立や放浪、反抗などを直截に煽ると云う内容でもないのだが、勝手にそういう雰囲気で捉えて、一人ときめいていた。
実のところは、レコード会社や音楽ジャーナリズムによって創り出された「ディラン伝説・神話」といったものに乗せられ、たわいなく転がされていたに過ぎない。
A rolling stone gathers no moss. 〜「転石苔を生ぜず」という云い方もその頃知った。「常に活発に動いていればいつまでも新鮮だ」・・・と
その後、上京してからはアルバイトと旅に明け暮れ、カメラマン稼業に落ち着くまで6年間も転がってしまった。
「転石〜」にはもうひとつ「職を転々と変える人間は大成しない」の意もあって、こちらの方が文句なしに正しかった訳だが後の祭りである。

さて、そのLike a Rolling Stoneは6枚目のアルバム、HIGHWAY 61 REVISITEDのA面一曲目に入っている。エレキギターに持ち替えフォークロックヘ転向したことで物議を醸した時期の三枚のアルバムのひとつだ。
folkrock
其の三枚とは
左:Bringing It All Back Home(1965)
右:HIGHTWAY 61 REVISITED(1965)
中:BLOND ON BLOND (1966)

ディランの代表作というばかりでなくロックの傑作として必ず挙げられるアルバムだ。「フォークロックとは?」と尋ねられたらこの辺を聴いてもらえば良く、リズム、メロディーとも分かり易い曲が並んでいる。
66年の2枚組 BLOND ON BLOND(写真中央) は特に良く聴いたレコードで、後にCDでも改めて買い直した。
ちなみにNHK-BSで放送され中高年を驚喜させた「BSフォーク大全集」のオープニングテーマに使われた I Want Youはこのアルバムに入っている。よくぞこれを使ってくれた!
個人的にも「若気の至り」満載の二十代を振り返ってみるときのBGMにピタッと来るサウンドである。
歌詞は今もって良く分からんが、とっても好きな良い曲ばかり・・・
と人生の坂道を転がり落ちながらも手放せない。
今夜もレコード回しては「思い出し赤面」している石ころのようなカメラマンの青春の淡い光である!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ついでながら
ndhNO DIRECTION HOME
     〜 BOB DYLAN
(DVD)
マーティン・スコセッシ監督作品
生い立ちからデビュー、そして1966年ポップスターに上り詰めるまでを、ディラン自身および関係者のインタビュー、多数の未発表を含む記録映像でたどったドキュメンタリー(2005年)

僕は伝説の1962~66年をリアルタイムで聴いていたわけではなく、後追いの追っかけ組だ。(74年のライブ盤以降が生ディランとなる)
ディラン伝説ってどこまでホントなんだよってずっと思ってました。
が、2007年に出たこのDVDを観てなるほどそうだったのか!と
30年経ってやっとスキッリしたのです。
今じゃ、詩人としてノーベル文学賞候補の噂も囁かれるディランさん!
訳分からんがまた、転がされそう・・かも

じゃぁ また



















(18:26)

2010年04月04日

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ボブ・ディラン
dylan

レコード棚にディランのアルバムがデビュー作『BOB DYLAN』(1962年)から順番に'80年代始め頃のものまで20数枚並んでいる。
最初の4枚はフォークシンガー時代のもので、『時代は変わる』THE TIMES THEY ARE A-CHANGIN' は第3作に当たる。プロテストソングと呼ばれる政治、社会的抗議のメッセージを込めた歌が並ぶ代表作で、ジャケット写真もなかなか渋い。

生ギターいっぽんと自分の声だけで、戦争とか社会的不正を告発するというスタイルに、16歳の少年だった私の心はいとも簡単に揺さぶられたのだった。
『時代は変わる』は、1963年の発表だから、リアルタイムで聴いたわけではない。遡って買い求めた訳だが、ディラン自身はとっくにエレキギターに持ちかえてロックをやっていた。そのロック転向のストーリーも散々語り尽くされているが、当時は少年をもう一度奮い立たせるほど刺激的情報だった。

今にして思えば、商売でやってるレコード会社の広報、宣伝にコロッと乗せられたわけたが、難しい単語が並び、暗喩が多いというディランの歌詞がスルスルと理解出来るはずもない。
歌詞カードと翻訳を見ながら、時には辞書を片手に、分かったつもりになるしかなく、どこか落ち着きが悪かったのが本当のところだ。

先日ディランが9年ぶりに来日したが今回はパスしてしまった。個人的に
to do的な優先順位が下がってしまったのは否めない。
9年前東京フォーラムでのコンサートの最中、うるんだ視線をステージに向けながら熱狂する、同世代のおじさん達の横顔をチラッと盗み見てしまった瞬間、気持ちがスーッと醒めた状態に落ちてしまった。「あ!分かったふりだ、やっぱりな!」と思ってしまったからだ……。

親しい言語とはいえ英語は自分にとっては、日常生活で使うことのない他国の言葉だ。
毎日使っている日本語でさえ歌の文句にはよく分からない表現が多い。
音楽はただ感じ取れば良いともいうが、ディランをして詩人だとか、ロックに知性を与えたという評価を支持するのなら矛盾が生じる。
いまでも時々ディランのレコードを回しているのだが、相変わらず靴の上から足を掻くようなもどかしさが残る、と云うのが正直なところだ。

Do you speak English ?
そこのディラン通、如何?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

やはり母国語は有り難い。最近はディランの「時代は変わる」よりも中島みゆきの「時代」を徳永英明のカバーで聴く方がグッとくるもんなぁ・・・と正直に云えるもんね!
たしかに時代は変わるし、自分も変わります。

じゃぁ また

(18:47)

2010年03月31日

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サイモン&ガーファンクル
S&G-1

シングル(EP)盤でヒット曲を追いかけることを卒業し、アルバム単位、作品としての音楽を意識するようになった一枚。
「明日に架ける橋」とはA面一曲目のタイトル曲というより、アルバム全体、ひと纏まり11曲を指す。

このアルバムの音を聴き、ジャケットを眺めることで、学校では習わない幾つかの英単語を覚えたし、ポール・サイモンが小柄な男だったり、フランク・ロイド・ライトが建築家だったり、ニューヨークの街路はアベニューとストリートからなるというようなことを知った。
ちょっと大袈裟な盛り上がりの「明日に架ける橋」や同じくヒット曲の
「コンドルは飛んで行く」などより、「フランク・ロイド・ライトに捧げる歌」「ソング・フォー・ジ・アスキング」そして「ニューヨークの少年」といった佳作に惹かれた。
遠いニューヨークという街に行ってみたいと思い、後年それが実現したときはウォークマンで聴きながら歩いた。(・・過去ログ)

今、針を落として、アナログサウンドを聴きながら、
手に入れてから今日までを指折り数えて、あらためて驚いた。
そろそろ40年近い歳月が経とうとしている。
上京、移転、そして何よりCDの普及といった大きな転機にも、一度も手放さず、手の届くところに置いてきた。
数え切れないくらいのモノを手に入れては失ってきたというのに。
少年の頃なら真っ直ぐに「タ・カ・ラ・モ・ノ 」と呼べたかも。

今はもう、人前で聴くのは気恥ずかしく、ちょっとくたびれたジャケットが愛おしく、胸の上の方、ちょうど鎖骨のあたりがムズムズっとするだけだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

S&G2
SIMON & GARFUNKEL'S
GREATEST HITS II
 CBS (LP)
’71年「明日に架ける橋」に続いて出たこの日本編集のベストアルバムも良く聴いた一枚。ここから遡って過去の4作も揃えた。




S&G-2
CDでもひと通り揃っていて
「やっぱ便利だよなぁ・・」
とか云いながらこっそりとオフィスや車の中で聴いてます。
時々ですけど・・・・

じゃぁ また


(19:09)

2010年03月29日

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ハーブ・アルパート&ティファナブラス

中学生になった頃、洋楽を聴くようになった。
これはラジオの深夜放送の影響が大きい・・というよりそれが全てと云っていい。
音楽はいつも遠いところから電波に乗って運ばれてきて小さなトランジスタラジオを鳴らした。

そんなある日、これはテレビCMのバックに流れた曲に惹き付けられた。
確かローヤルゼリーの広告だったはずで、軽快でなんだか元気が湧いて来るような、今思えばまさに健康食品の広告に相応しい、そんな曲だった。
後日その曲は A Taste of Honey(蜜の味)だと知る。(なるほど!)
演奏していたのはハーブ・アルパート と ティファナブラス

住んでいた小さな町では手に入らない「蜜の味」を求め、大きな町へ
レコードを買いに行った。
EPと云っていたシングル盤とさらに同曲の入ったコンパクト盤も一緒に買った。
(結構無理したと思う)
HA-2

コンパクト盤とは17cmサイズで33回転
4曲ほど入った
ミニアルバムのこと
シングル  400円
コンパクト 600円
1969~70年



家へ帰って、当時はポータブル電蓄で聴いたはずで、いつもはラジオから流れそのまま消えてしまう音楽というものを手に入れ、何度でも繰り返して聴ける喜びを感じたに違いない(今もそうだから)

そしてもう一枚のコンパクト盤に針を落として、最初に出たサウンドに飛び上がらんばかりに驚いた。
その時はまだ曲のタイトルを知らなかった深夜放送オールナイトニッポンのテーマ曲、今や誰もが知っているあの曲、
ビタースイート・サンバ(Bittersweet Samba)だったのだから。

知らないことばかりの中学生は、この偶然の大発見に狂喜乱舞したといっていい。
あの瞬間の驚きと喜びというものには、その後そう何度も出会ってはいないだろう。

時が過ぎ、もっと甘い「蜜の味」を求めた訳ではないが、とにかく一番大きい町へ出た。
若気の至り、斜に構えてジャズなど聴き漁りながら、知らなくても良いことばかり知ってしまった頃、ハーブ・アルパートが再び現れた。
今度は16ビートに乗った、フュージョンと呼ばれるタイプの曲だった。
CMにも使われ話題になったが、心が大きく動くことはなかった。
HA-4

RISE1979年

Beyond1980年

A&M
アルファレコード/LP




さらに時が過ぎ最近、三度目に手に入れたハーブ・アルパートは、
CDで再発されたティファナブラス第4作目のアルバム
Whipped Cream & Other Delights
 もちろんあの「蜜の味」も「オールナイト・・」も入っている。
最新のデジタル技術でリマスターされクリアになった音で聴く昔のティファナサウンド。
夢心地で聴いていると、あの頃の、中学生のままの自分が見えてくる。
聴き終わり、静けさの中でまた想う、「蜜の味」などそう簡単には味わえない日々の暮らしには、そのほろ苦いサンバというタイトルの方が似合っていると。
HA-3
WHIPPED CREAM
& OTHER DELIGHTS

「蜜の味
〜ビタースイートサンバ」
オリジナル1965年4月
リマスター2005年8月
キングレコード
紙ジャケット仕様CD




・・・・・・・・・・・・・・・・・・

A&Mレコードの創始者、インテリで芸術家で秀でたビジネスマンでもあるハーブ・アルパートは、いまも変わらず活躍中である。
あやかりたいものです。

んじゃ また


















(18:05)

2010年03月11日

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城や歴史もの、ちょっと理屈っぽいお話が続いてしまいました。
仕事も一段落したし、スカッと行きたいなぁ・・と思っていたところへ一枚のチケットがヒラヒラと舞い降りてきたのでした。
発売開始2時間でSoldOut !となったプラチナチケット、AC/DCの日本公演(Black Ice Tour)、しかもほぼ最前列辺りのピカピカチケットです〜!!

AC/DCについてはこちら

ACDC-1AC/DC〜Black Ice
2008年Sony Music
全作から9年ぶりの新作、現在ワールドツアー進行中
Black Ice Tour
2008〜2010

2010年3月12日
さいたまスーパーアリーナ S席チケット 


10日ほど前のこと、あるコンサート友達から、急に行けなくなった人の分を2枚譲るとのオファーがあったのでした。
AC/DCの来日は小耳に挟んではいたものの、最近はまず行かないタイプのライブです。
ただスケジュールはOKだし、 会場のさいたまスーパーアリーナってまだ一度も行ったことないし、じゃぁってことで決めました。
実はその友人と云うのは、息子のピアノの先生!(友人にレッスンをお願いした・・)なのです。
この先生、なかなか由緒正しきお方でして(詳細は秘す)、クラシックには名器ベーゼンドルファーをかき鳴らしつつも、JAZZフュージョンギターのパット・メセニーを追っかけ、しかも年季の入ったハードロックファン。
さらにさらに(週刊誌風に云えば・・)妙齢の美人ピアノ教師ってことになる(云ってシマッタ・・・)そりゃぁ、行くしかないでしょ!!

で、行くと決めたら、もうひたすら聴き込むべし、観るべし!
ACDC-2

BACK IN BLACK〜1980年
FOR THOSE ABOUT TO ROCK〜1981年
Back in Blackはマイケル・ジャクソン「スリラー」に次いで世界で2番目に売れたCDとは、もう語り尽くされたRock 史に残る名盤。
極めつけは
AC/DC LIVE AT DONINGTON(DVD)
イギリス、キャッスル・ドニントンパークで毎年開催されていた「モンスターズ・オブ・ロックフェスティバル」での1991年のライブ映像・・・フットボールの国で10万人のアングロサクソンが全員「たてのり」でひしめき合ってます。凄〜い。
・・えっ ビビったかって?なかなかのものです!
たいしたものではありますが、これは我が浦和レッズ、ゴール裏のたてノリの七〜八割程度と視ました。ゴールの瞬間はさらに爆発するしね。
久々に単純明快なハードロックコンサートへの参戦です。
難しいことは抜きにして、「ライト兄弟は空を飛び、ヤング兄弟はリフを刻む!」ことだけ分かっていれば良いのでは。 
昔パープルやツェッペリン時代に付けた基礎体力とゴール裏のたてノリ感覚で十分対応出来ると思ってます。

ライブセットの約20曲もすっかりチェック完了、あとは明日を待つばかりです。
コンサートの報告は後日・・・しません(面倒だし)
勝手に楽しんで来ま〜す。

じゃぁ また ロケンロー!!




(02:54)

2009年11月30日

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洋酒やさんの広告など冷やかしていたら、そのS社の缶コーヒーとビールのCMでお馴染み、Rocker「永ちゃん」〜矢沢永吉の映画が封切りになっていました。
先日の東京国際映画祭の特別招待作品だった「E.YAZAWA〜ROCK」
「永ちゃん」の35年の音楽人生を追ったドキュメンタリー作品です。

で、六本木ヒルズ金曜深夜27:40(土曜3:40am)の回を観てきました。
金曜の夜の喧噪が残る六本木、若者の多くは同時上映中のマイケル・ジャクソンThis is itの方へ(当然ながら)流れたようで、さすがのYAZAWAも観客は5人でしたが・・・
_DSC0090E.YAZAWA ROCK
製作・監督:増田久雄
監修:矢沢永吉 東映 91分
E.YAZAWAのライブや映像ソフト、テレビのドキュメンタリーを見慣れたファンにはいつもの構成なのですが、還暦Rockerの歴史を振り返りちゃんと泣かせどころもある!矢沢を一度も観たことがないという方にこそお薦めです。


その昔、キャロルの頃Fanky monky baby一曲が聴きたくてベスト版
「キャロル20ゴールデン・ヒッツ」というアルバムを買ったのですが、
あまり聴かないまま友人に譲ってしまいました。解散後ソロになって
「時間よ止まれ」など小耳にしながらも矢沢永吉のアルバムなど見向きもしないで過ごしていました。
それが10年ほど前、あまりのYAZAWA人気にふと興味をそそられDVDを入手、結果すっかりはまり込んでしまったのです。武道館ライブへも一度行ってきました。
YAZAWA-2・SUBWAY EXPRESS
   LIVE IN HOUSE

・SUBWAY EXPRESS
   LIVE IN BUDOKAN

1998年のツアー、小さいハコ(ライブハウス)といつもの大きなハコ(武道館)でのライブ。この時「永ちゃん」50歳が目前でした。これからさらに10年、全く衰えも見せず9月の還暦コンサートは東京ドームで!

YAZAWA-3
人から「パワーをもらう」という云い方がありますが、元気で前向きな人を見ると、自分も気持ちが前向きに変わってくる、良い景況を受ける・・ということは確かにありますね。
不況で気も滅入りがちなこの頃です、元気になりたいと思ってるかた、是非E.YAZAWAをお試し下さい。
よろしく!・・・

じゃぁ また


(19:07)

2009年10月01日

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先月の発売以来売れ行きは好調のようで、14作品をまとめたBOXセット
(35,800円)も初版完売で入荷待ちです。(10/3.入荷予定とか)
書店の音楽コーナーには関連書籍、ムックが目白押しで、
相変わらずのビートルズ人気!・・とちょっと前なら素直に反応出来たのかもしれませんが・・
beatles1
米国「利満兄弟」とやらの不始末で100年に一度の不況に誰もがみんな苦しい。物が売れないのは音楽業界も同じでしょう。若者のCD離れは進む一方で弱り切った業者(アップル、EMI)が奥の手、最後の神頼み、伝家の宝刀抜き放ったのが今回の「ビートルズ・リマスター盤」ではないでしょうか。
中高年から若者まで、しかも全世界的に展開出来るタマといえばビートルズ以外考えられませんから。
日本にもビートルズ世代と呼ばれ、団塊の世代とも呼ばれる、葱を背負ったカモさん!いや優良消費層の存在が在ります。
多数派で、BOXセットのような「大人買い」が出来る世代、それに案外
「新しモノ好き」の人達です。

僕自身はこの世代の幾分か下の年代でして、
先日、ポータブル電蓄の話(9/14)のなかで、ビートルズのシングル盤に触れましたが最初に買ったビートルズのレコードがあのEP盤Let it Beだったのです。数ある洋楽ヒット曲のひとつとして買ったわけで、この時すでにビートルズは解散状態。そして最初に買ったビートルズのアルバムもOLDIESというベストアルバムでした。

oldiesCOLLECTION OF BEATLES
OLDIES(LPレコード)
1966年発表の第8作目のアルバム
シングル曲を集めた
ビートルズ初の「ベスト盤」
オリジナルアルバムとしては唯一
CD化されていないものです。
解散後(1973年)に出た通称「赤盤、青盤」と呼ばれるベスト盤はCD化されています。


「OLDIES BUT GOLDIES」となっていてこれは「Oldies But Goodies(古いけど良きもの)」いわゆる「なつメロ」のもじり、ビートルズはこの時点で「ベスト盤」・「グレーティスト・ヒッツ」を出すグループになっていたということです。(その後LPレコード、CDとも一通りのオリジナルアルバムは買いそろえました)

ビートルズ全盛期に遅れてきた世代のちょっと冷めた目で見ると、今回の「リマスター盤」とは1987年のCD化というメジャーアップデートに次ぐマイナーアップデートと考えます。反則いや販促ですね。謳い文句にはちょっと引きつけられたりもしてますが「また買わされるの?」感が強いですね。
仕事がデジタル化して以来、ソフトの無用な(と僕は思う)アップデートに翻弄されてまして、素直に喜べないのです。マイナーアップデートな今回のリマスター盤も実はまだ買ってない。いや買わないかもしれない。理由はカンタン!今までので十分だから。
「大人買い」も出来ない僕は、意地になってCD化されてないOLDIESに針を落として聴いてま〜す。

じゃぁ また


(20:16)

2009年08月16日

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このところ訃報が続きますが・・・・
13日、レス・ポールもとうとう逝ってしまいました。
ギタリストであのギブソン「レスポール・モデル」の開発者。
つい最近このライブ映像を観て、もう90歳を越えているはずだなぁ・・と思っていた矢先の訃報でした。
les-ldTHE SUPER SESSION IX
〜ザ・スーパーセッション9
「レス・ポール & フレンズ」
1988年レス・ポール73歳のライブ
ゲストミュージシャン:BBキング
エディ・ヴァン・ヘイレン
デヴィッド・ギルモア
ストレイキャッツ
スティーブ・ミラー
スタンリー・ジョーダン他
年齢などみじんも感じさせない演奏です。ギターフリーク必見です。

レスポールモデルといえばすぐにあの美しいシェープが浮かびます。
数え切れないほどのギター弾きに愛用される名機にその名を刻み、とうとう本当の伝説の人になってしまいました。演奏家としても技術者としてもパイオニア精神溢れた94年の素晴らしい人生でした。Les Paulは永遠に不滅です。

レスポールが印象的なギタープレイヤーを思いつくままに・・
jef-LPBLOW BY BLOW / Jeff Beck
先日も来日したジェフ・ベック
1975年のインストアルバム。
内容、ジャケ写ともにとどめの一枚。
She's a Womanのソロを聴いた後、ギター観が変わりました。
邦題「ギター殺人者の凱旋」には苦笑ですが。

1970年代のクロスオーバー時代、ベックやアル・ディメオラのジャケ写などからレスポールのブラックカラーモデルが好みになりましたが、サンバーストカラーは基本中の基本かも。やたら低く構えたサンバーストのレスポールがカッコ良かったのがジミー・ページ(レッドツェッペリン)ですね。
ledDVD
レッド・ツェッペリン〜狂熱のライブ
The Song Remains the same〜永遠の詩
1973年NY.マディソンスクェアガーデンでのライブフィルム。
その昔映画館で観たときにもやや冗長の感があったライブ映画です。今見直してみてもライブシーン以外の余計な演出、特殊効果はいただけません。。器楽演奏の撮影技術も、こんなに未熟だったとは・・・ただそれを全部差し引いても充分保存版になり得るフィルムです。廉価盤でなお結構。


lespicture
最後に訃報を聞いておもわず描いてしまった落書きを添えてMr.レス・ポールのご冥福をお祈り致します。
ちょっと太めで、テレキャスターにも見えるところはお愛想でよろしく。

じゃぁ  また


(18:14)

2009年05月05日

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5月2日、忌野清志郎の死去を知らされたこの日、もう一つの訃報が伝えられました。
日本初ピュリツァー賞・長尾 靖さん死去 (朝日新聞5月3日)
元毎日新聞カメラマンの長尾 靖さんが亡くなっていたことが2日わかりました。78歳の孤独死だったそうです。
1960年10月12日、浅沼稲次郎社会党委員長刺殺事件を撮影。
所謂「決定的瞬間」を捕らえた写真で翌61年ピュリツァー賞(写真部門)を受賞。
報道写真史には必ず取り上げられる有名な写真となりました。
teroru-1















〜世界写真全集 第3巻 フォトジャーナリズム 178頁 集英社

事件の顛末は沢木耕太郎の大宅賞受賞作「テロルの決算」に詳しい。
teroru-2
・テロルの決算・
 沢木耕太郎 著 1978年 文藝春秋
17歳の右翼少年山口二矢(おとや)に自立したテロリスト像を見出し、61歳の野党政治家の人生と交錯する瞬間までを描いたノンフィクション。
 長尾カメラマンに割かれたページはごく少ないのですが、人間像はよく伝わってきます。カメラに残っていた最後の一枚が傑作につながったため、その後報道カメラマンの基本として、「フィルムは数枚残しておけ」の教えに。僕も昔そんなことを聞いたような・・・

 


 長尾さんとは面識の持ちようもありませんでしたが、昔気質の硬派、いや無頼派カメラマンのイメージを重ねてしまいます。ピュリツァー賞受賞後、社内外の毀誉褒貶に疲れ、62年からはフリーランスになられたそうです(そんなドキュメンタリーをどこかで見ました)
生涯最高の一枚を若くして撮ってしまったカメラマンのその後の人生とはどのようなものだったのでしょうか。残していた最後の一枚で撮りたかったのは何だったのだろう。
傑作とは無縁の僕に、人生の決算について考えさせてくれるニュースでした。

じゃぁ また









(17:06)

2009年05月03日

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〜訃報に接して
忌野清志郎様、70年代フォークの時代から今日まで40年間、お疲れさまでした、ありがとうございました。
心よりご冥福をお祈り致します。
kiyosiro-1









Memphis〜忌野清志郎
1991年/TOSHIBA EMI
アメリカ、テネシー州メンフィスにてMG'sとレコーディング。
この年メンフィスの名誉市民になってます!
ギターを手に、綿花畑に立つ姿はそのルーツが何処にあるかを良く語っています。(素顔の清志郎が良いです)
僕が自分の事務所を立ち上げて間もない頃のアルバムでした。
「世間知らず」・・・好きです

清志郎の声は、満たされない思いを持つ者の気持ちを代弁し、またOne & Onlyであり続けることの栄光と孤独を感じさせてくれるものでした。
いいことばかりが有る訳じゃない日々の暮らしのなかで、Bluesmanの声に肩を抱いてもらったり、背中を押されることもありました。空しさ、つらさを唄っていてもBluesの先にはいつも希望があったから・・・
kiyosiro-2











「ブルーノート・ブルース」
忌野清志郎〜Live at Blue Note TOKYO
昨年の2月から7月の映像を観る頃が出来ます
「完全復活」としか思えないステージです
ラストショーになってしまうとは・・・

今夜はずっとライブのDVDを観て、あの声を聴いていたいですね・・・
・・RCサクセションが聞こえる・・
きっと飲み過ぎてしまいます・・

たのむよ・・・明日の朝
モーニング・コールをよろしく・・・
モーニング・コールをよろしく・・・

それでは また



(15:10)

2009年03月16日

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河野三紀クインテット・ Live in Shinjuku J
live-1









「城」を観て「時代小説」ばかりでは
頭もチョンマゲになってしまいそう・・・なので
久々にJAZZ LIVE !
3月は13日の金曜日、新宿「J」でピアニストの河野三紀さんの
ライブを聴いてきました。
河野さんはこれまでに5枚のリーダーアルバムをリリースしているベテラン(ですよね)ジャズピアニスト。
第2作目(1994年)のジャケット写真を撮影させて頂いてからのお付き合いです。
最新作(といってももう3年経ってしまいましたが・・)の録音ではニューヨークまで同行してジャケ写を撮影いたしました。
河野さんとフロントの2管(アルトサックスの増田ひろみさん、フルートの太田朱美さん)はこの時のレコーディングメンバー。都内のライブでもこのCDの曲がよく演奏されています。
reminiscing Reminiscing 〜回想〜
Miki Kono Quintet
2006年 MIKI-RECORD
河野三紀(P)
増田ひろみ(AS),太田朱美(FL)
ルーファス・リード(Bs)
ジョナサン・ブレイク(Ds)


録音に使用したベネットスタジオはマンハッタンからハドソン川を渡ったニュージャージー側にあって、廃線になった鉄道の駅を改装したなかなか趣のあるスタジオでした。録音の合間を見てメンバーをその線路脇に並べて撮った写真をカバーに使用しました。
リハーサルと本番に立ち会い、河野さんのオリジナルやクラシックのアレンジなど、曲もすっかり憶えてしまい今でも良く聴いてます。

miki2miki3








ベーシストでアルバムの共同プロデューサー・ルーファス・リード氏の自宅スタジオでのリハーサル風景
3人並ぶとレコーディングの風景がつい昨日のことのように想い出されます。




新宿「J」でのライブ、どうもお疲れ様でした。久しぶりに3人の息の合ったプレイを堪能いたしました。河野さんお誕生日おめでとう、これからも良いライブを、そしてまたオリジナル貯まったらCD第6弾を!
いつもクールなひろみ姉さんは、ついにアルバム発表だそうで期待してます。カメラマン要りませんかぁ?
新星、朱美さん美しく時にワイルドに吠えるフルート!益々の活躍を。
いやぁ、生音ってホントにいいものですね


じゃぁ また


























(18:21)

2008年12月05日

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 今回メンテナンスをお願いした金子音響計測
作業場の写真を撮らせていただきました。「散らかっているから・・」と心配顔の金子技師・・・
いえいえ、この職人っぽい繁雑さがファンには堪らないのです!
kaneko2kaneko1
kaneko3





デスクには、走行テスト中の名機、
ルボックス A 77
話の中、民生機としてはやはり「ルボックスがお薦め」のようでした。こういう職人の言葉は鵜呑みにしても大丈夫です!お世話になりました。

 さて、戻ってきた我がTC-R6で早速なにか聴いてみましょう。
かつてFM放送からエアチェックしたもの、中でもJAZZのライブもの、さらにビッグネームによる一度限りの演奏、更にさらにその後再放送もレコード(CD)化も一切ないもの。
そんな希少価値のあるテープ、出てきましたぁ!
duad
アート・ペッパー・カルテット
  〜ライブ・アット・サテンドール
1978年3月9日(木曜)
神戸、サテンドールにて実況録音
デッキTC-R6
テープSONY-DUAD-BL

アート・ペッパー(as)   ミルト・レヴィ(P)
ボブ・マグナッスン(B)   カール・バーネット(Dms)

放送日、番組名のデータが無くなっていますが、特別番組だったような・・進行が故油井正一氏だったことは間違いありません。
テープはSONYの2層コーティング高性能(とメーカーでは云っていた)DUADを使ってます。この手のテープは年月を経ると、バックコート材の劣化でしょうか、走行中のきしみや巻きムラも出やすく、値段一流、アジ二流といったところです。
それでも録った演奏が一流なので、あまり硬いことは抜きにして耳を傾けましょうか。
曲は、ザ・トリップ〜レッド・カー〜星影のステラ〜
   イパネバの娘〜ブルース・イン・E♭  の5曲
   小さなハコでの臨場感が良く出た録音です。30年前かぁ!
 
 1975年、15年ぶりにアルバム「リヴィング・リジェンド」でカムバックしたアート・ペッパー。
さらに復帰第2作の1976年録音「ザ・トリップ」(発売1977年)発表後の来日でした。
trip LP
・THE TRIP / Art Pepper
ザ・トリップ / アート・ペッパー
1977年 コンテンポラリー
    (発売元:キングレコード)
サテンドールのライブでの「ザ・トリップ」と「レッド・カー」収録。
映画「思い出の夏(The Summer Knows)」のテーマも佳いです。

 アート・ペッパーの音って日本人好みというか、この国独特のジャズ喫茶という空間に似合うような気がします。押し黙ってアドリブに耳を傾ける、ジャズファンの姿が目に浮かんでくるようです。
ただ、そこで流れるペッパーは復帰前の、そう1950年代のペッパーでなくてはならないようです。
その50年代のペッパーについては、この次に

そうかぁ30年ねぇ

じゃぁ また





(11:39)

2008年12月03日

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 SONY のオープンリールデッキTC−R6、メンテナンスから帰ってきました。4年前に京都の川島オーディオサービスで完全オーバーホール後、調子良く動いていたのですが・・・
今回は単なるVUメーターのランプ切れ、よって録再および走行系には支障はなかったのです。
 とは云えかさばるアナログ機々を使い続けるのは、音質もさることながらその存在感、佇まいに惹かれるからなのです。そう「顔が命」ですね。
オープンリールデッキの顔は回転するリールと振れるVUメーター。そのオレンジ色に照らし出される針の動きには測定器としての機能を越えた有機的なものさえ感じてしまいます。
そのランプが片方切れたままでは、いかにも故障物件という顔を晒すことになってしまうのです。
そこで、補修と、人間で云う健康診断を兼ねてプロの手を入れてもらうことにしました。
tcr6-1
手前SONY TC-R6
(4トラック19cm/s)

後ろAKAI PRO-1000
(2トラック38cm/s)

モニターJBL Model 4311

調べてみるとやはり色々、問題も発生していたようで・・


tcr6-2・VUメーター・ランプ交換
・リール台高さ調整
・メカブレーキ調整
・再生高域低下の調整、修理
・テンションアーム矯正
・録音バイアス、再生EQ調整
・録再レベル調整
・各部点検清掃
等の補修調整をやって頂きました。
見違えるほどキビキビとした動作になり
f特:20hz~20khzで+−3db
テープスピード +−0%
ワウフラッター 0.003%rms
・・とほぼ新品時のスペックです

さて、今回のメンテの依頼先ですが、
予てよりオープンリールデッキファンにはよく知られた東京・調布市の
金子音響計測さんにお願いしました。
技師の金子さんとは以前電話で何度かお話しをさせて頂いていましたが、今回初めてお目にかかり電話での印象通りの誠実で腕の確かな職人さんとの思いを強くしました。僕も若輩ながらアルチザンの気脈の通じる方にお会い出来たことに、心温まる思いがいたしました。
デッキ搬入と搬出で2度訪れた作業場の様子は、
また次の回に!

とりあえず じゃぁ また

(16:19)

2008年12月01日

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 迂闊にもジャズ評論の大和明氏の逝去を本日まで知らずにいました。
去る9月に癌のため亡くなられていたのです。享年72歳。
 以前オールドジャズのところで書いたように、ジャズを聞き始めた頃大和明、油井正一両氏の著作に啓蒙されること多大なものがありました。特にモダン以前、今日アーリージャズとよばれる種類の演奏やスイングといった我が国ではややもすると(モダンファンには)軽視されがちな音楽に耳を傾けるようになったのも両氏の影響からでした。
yamaTOこんな本です
ジャズ〜歴史と名盤
1982年 音楽之友社
ジャズここが聴きどころ
1984年 音楽之友社
ジャズの黄金時代と
    アメリカの世紀

1997年 音楽之友社

 大和氏といえば、モダン期のパーカーやビリー・ホリデー研究で有名ですが、僕にとってはやはりサッチモことルイ・アームストロングの天才を紹介して頂いた方です。
こんなCDも・・yamato3
黄金時代のルイ・アームストロング1925ー1932
東芝EMI
監修:解説 大和 明
(レーベル解説は津村 昭)
CD8枚組全181曲
ジャズファンに限らず全ポピュラーミュージックファン必携のBOXセット。

 こういう芸術の世界遺産とでもいうべきものを、算盤に合わないからと絶版にしてはいけませんよ、レコード屋さん。
さらにそのレコード(CD)屋さんベッタリのカタログ本「XXXXを聴け!」くらいしか書けないジャズライターさん ・・後継者不足はここも同じですか?
・・と憎まれ口はこのくらいにして

 さて、大和氏を偲んで今夜、一枚のレコードを回すとしたら・・
やはり、「ルイ・アームストロングの肖像」でしょうか。
このレコードについて大和氏は「歴史と名盤」において
・・「肖像」は天馬空を往くがごとき、ジャズ史に燦然と輝く最強最大のルイの名作・・」・さらに「・・これらの演奏を聴いてジャズを一生の仕事とする決心をした人が限りなくいるほど、多くの人々を感動させた名作である」・・・と書いておられます。
 確かに!・・でも大和さん、あなたの本を読み、あなたの文章に触発され、「ジャズを一生の友としよう」と決心したひとも大勢いるのですよ。

ありがとうございました。
心よりご冥福をお祈り致します。

LOUIS1928
ルイ・アームストロングの肖像1928
A Portrait of Louis Armstrong 1928
CBS SONY  LP
監修と解説は故油井正一氏
天才の絶頂期1928年に吹き込まれた、歴史的名演全19曲をおさめた日本国内編集の名盤。これも全ジャズファン必携の一枚です。

それでは・・また



(20:03)