2014年08月08日

このエントリーをはてなブックマークに追加
今年のNHK大河「軍師 官兵衛」も、話は早や後半に入っております。
毎年この辺りでダレが来て、中にはそのまま観なくなってしまった、
という話もありましたが、今回はいかがでしょうか?
官兵衛の子、長政が関ヶ原の合戦で功を立て、筑前五十二万石を得て
築いた福岡城です。築城名人の官兵衛(如水)の城でもあります。
以後維新まで続く福岡藩の藩祖は黒田長政、そうです人質として織田信長によって一度は消されかけ、あの竹中半兵衛の機転で命を救われた松寿丸なのです。戦国ちょっといい話...かな(微妙)

大手門と潮見櫓

_RSS0069
福岡城 : 福岡県福岡市中央区城内
築城主 : 黒田長政
築城年 : 1601年
別名:舞鶴城 石城

で、博多に隣接した福崎の地を福岡 と改めてここに築城したわけです。
「福岡」は黒田氏の故地、備前福岡から取った…(と殿様やりたい放題、これが元で博多vs福岡の名称争いは今も続いてますが・・)
城は惣構えで、多数の櫓を持つ巨城でしたが天守は無かった、が定説。
近年、「実は天守が有った」説も浮上、復元計画があるとかないとか、
ま、お任せするしかないのですが、慎重にかつ個人的には前向きに進むといいなぁと思ってます。

天守台

_RSS0041

_RSS0023
別名「石城」のとおり立派な石垣が往時を偲ばせます。
天守台ほか門、櫓など現存の建造物も残っていました。

藩祖の話になったので安直・虎の巻を一冊
江戸日本を創った藩祖総覧 〜武光 誠  PHP新書   
siran
戦国動乱を勝ち残って藩祖となれたのは、どんな人物か?って本です。 
あくまで徳川幕藩体制になって後の藩主一覧です。
福岡五十二万石、黒田長政の項をみると、「信長に仕え、秀吉に引き立てられた藩祖」という分類になってます。他には豊臣秀頼(大阪)浅野幸長(和歌山)山内一豊(高知)蜂須賀至鎭(徳島)など約二十五藩主ほど。
〜「黒田家が寛容な政治を行い、商業を奨励したことによって、福岡の人々は陽気で勝ち気な性格を持つようになったとされる」・・とあるけど、まぁ一応伺っておきます。


最後に(またいつもの台詞で)福岡はもう何十回も来てるのに・・・・・
今回初めて城下町福岡を意識して、Googleマップで周りの位置関係など確かめながら、博多駅側から中洲、天神を抜けて中央区の福岡城跡まで歩いてみました。なるほどそういうことか、位置関係がよく理解出来て、同じ九州者としての親近感も倍増です。
福岡、いや博多?(どっちでも良いけど)、「鶴の子」以外全てOK〜!
すいません昔からあれがちと苦手なんです、はい。

じゃぁまた 
 


(17:42)

トラックバックURL

コメントする

名前
URL
 
  絵文字