2014年07月23日

このエントリーをはてなブックマークに追加
_RSE0045
鉢形城 : 埼玉県大里郡寄居町鉢形2496

今回は荒川の上流、埼玉県寄居町へ行ってきました。
小田原北条氏の北関東支配の拠点として、三代北条氏康の四男氏邦
入城し整備拡張した鉢形城への登城です。
発掘された土塁や住居跡からなる広大な城跡公園ですが
開発の波に晒されることもなく、良く保存されていると思いました。

石積土塁
内側を荒川の川原石で階段状に固めた土塁が発掘されています。
_RSE0083

_RSE0091

荒川と支流の深沢川が削った断崖上にある天然の要害でした。
_RSE0102

1590年、豊臣秀吉による小田原攻めで鉢形城は前田利家父子、上杉景勝、真田昌幸ら五万の大群に包囲された。
八王子城の北条氏照と同じ主戦派の氏邦は城兵僅か三千五百で一ヶ月の籠城戦の後ついに開城しました。
この辺りの話がないかと探したところ
井伏鱒二の「武州鉢形城」という作品がありました。
全集以外の単行本は絶版でしたが、ネットで古本を入手出来ました。
昭和38年初版(もう50年前の本です!)は思いの外綺麗でした。
ibuse 
武州鉢形城 〜井伏鱒二
新潮社 昭和38年発行
作家の私(主人公)が机を造るため、寺の住職から入手した赤松の角材に、矢尻と鉄砲玉が食い込んでいた。角材は深谷市の弘光寺の庫裏の屋根裏に保存されていた物で、調べると鉢形城の曲輪に立っていた一本松だったという。鉄砲玉は天正18 年
(1590)豊臣秀吉の小田原攻めにおける鉢形攻防戦の物らしい。
ここから私と住職、郷里の退役軍人とのあいだで書簡の往復による古史料の読み解きが始まった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

行楽気分の城歩きでは、城跡に備え付けのパンフレット類を一読して概略だけなぞることが多くなります。
城の攻防戦についても、城主や主だった武将名を確かめて、結果を見てお終い、になりがちですよね。
今回、なかなか凝った構成の「武州鉢形城」を読む機会を得て、実際の戦というもは、参戦した城兵によって成されたものであり、かつ個々の城兵浪人一人ひとりにそれぞれの人生があったのだという思いを、今更ながら深くしました(あれ、それって戦争物の王道ですかね?)
古史料の読み解きから鉢形城攻防戦の詳細と、時に推理も交えて人間への思いを描いた名作だと思います。
それからやはり、この手の本は訪問前に一読しておくのが基本ですね。
現地での見方が全く違っていたかと思われます、反省しきり、です。
関東北条の城まだあるけど、ちょっと飽きたので次は凄いの出そっかな!ご期待下さい。

じゃぁ また




(17:06)

トラックバックURL

コメントする

名前
URL
 
  絵文字