2014年07月17日

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本丸御殿
_RSE0028
川越城 : 埼玉県川越市郭町2ー13ー1

1457年扇谷上杉氏の本拠として、太田道真、太田道灌父子により築城。
ここでの司馬作品も前回の小田原城とおなじ「箱根の坂」です。
早速引用しますと
〜(上杉)定正が拠る川越城はぬきんでて規模が大きかった。
かつて太田道真・道灌父子が江戸城とともに築城したもので、多くの
土塁と濠が複雑に組み合わせられ、平場の城である弱点がみごとに解決されていた(中略)〜これらの設計(なわばり)のみごとさを見るにつけ、亡き道灌という人物の尋常ならなさがわかった。

〜以上は北条早雲がみた川越城の印象として描かれた箇所です。

その後上杉時代から後北条時代には北条氏康の奇襲「川越夜戦」の舞台に、江戸期は徳川譜代の城下町として川越は繁栄しましたが、現在は江戸後期に建てられた本丸御殿の一部と富士見櫓跡などわずかな遺構を残すのみです。
明治維新後はすっかり様変わりしてしまい、戦国史的にはやや寂しさも感じてしまいます。
富士見櫓跡
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実は5年前に一度ここ川越城へ来たのですが、当時は本丸御殿の保存改修工事中だったのです(2011年竣工)
その時の記事→「城を歩けなかった、川越城」・・相変わらずで凹みますね(NHK朝ドラつばさの頃の話です!)

江戸城を造った太田道灌についてもその頃読んでました。
dokan
小説 太田道灌
〜江戸を都にした男
大栗丹後(栄光出版社)
2002年
江戸城の築城また例の山吹伝説でその名前だけ知っていた
太田道灌について、初めて詳しくその生涯を知ることが出来ました・・と云ってみたものの結構忘れてしまった所が多くて、愕然!
作者の大栗丹後(1928~)はテレビプロデューサーから歴史作家となった人です。
「赤胴鈴之助」の作詞者とあったので調べてみると作詞者名:藤島信人となっていてご本人だと思います。


ずっと気に掛かっていた川越城をやっとアップできました。
江戸の面影を濃く残す川越は、蔵のある町並みを中心にした町興しが大成功で、私もその後、仕事でプライベートで何度か足を運んでます。
もしまだでしたら、ぜひ一度おいでください。

次も関東の城・・かな?

じゃぁ また













(21:41)

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