2009年05月05日

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5月2日、忌野清志郎の死去を知らされたこの日、もう一つの訃報が伝えられました。
日本初ピュリツァー賞・長尾 靖さん死去 (朝日新聞5月3日)
元毎日新聞カメラマンの長尾 靖さんが亡くなっていたことが2日わかりました。78歳の孤独死だったそうです。
1960年10月12日、浅沼稲次郎社会党委員長刺殺事件を撮影。
所謂「決定的瞬間」を捕らえた写真で翌61年ピュリツァー賞(写真部門)を受賞。
報道写真史には必ず取り上げられる有名な写真となりました。
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〜世界写真全集 第3巻 フォトジャーナリズム 178頁 集英社

事件の顛末は沢木耕太郎の大宅賞受賞作「テロルの決算」に詳しい。
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・テロルの決算・
 沢木耕太郎 著 1978年 文藝春秋
17歳の右翼少年山口二矢(おとや)に自立したテロリスト像を見出し、61歳の野党政治家の人生と交錯する瞬間までを描いたノンフィクション。
 長尾カメラマンに割かれたページはごく少ないのですが、人間像はよく伝わってきます。カメラに残っていた最後の一枚が傑作につながったため、その後報道カメラマンの基本として、「フィルムは数枚残しておけ」の教えに。僕も昔そんなことを聞いたような・・・

 


 長尾さんとは面識の持ちようもありませんでしたが、昔気質の硬派、いや無頼派カメラマンのイメージを重ねてしまいます。ピュリツァー賞受賞後、社内外の毀誉褒貶に疲れ、62年からはフリーランスになられたそうです(そんなドキュメンタリーをどこかで見ました)
生涯最高の一枚を若くして撮ってしまったカメラマンのその後の人生とはどのようなものだったのでしょうか。残していた最後の一枚で撮りたかったのは何だったのだろう。
傑作とは無縁の僕に、人生の決算について考えさせてくれるニュースでした。

じゃぁ また









(17:06)

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